Vol.71│アナログ回帰と未来の照明

見えない部分が空気感をつくる
投稿日:2015,03,26
photo by assillo

今、レコードが人気?

近ごろ耳にしたニュースですが、アナログレコードが人気なのだそうです。最近はスマートフォンなどの携帯端末を使って音楽をインターネットからのダウンロードやストリーミングで聴くことが主流となり、そのあおりを受けてCDの売り上げが下がっていくなか、逆に昔の音楽メディアであるレコードの売り上げは上がっているというとても不思議な現象です。

2014年の調べでは、アメリカではレコードの売り上げが前年比の1.5倍、日本ではなんと2.66倍にも増加しています。また、昨夏には大手レコード販売店のHMVが渋谷にレコード専門店をオープンさせたり、アメリカではレコードのプレス工場を据えるインディーズレーベルが登場しているそうで、なにやら静かなブームを起こしているのです。関連の記事を読むと、レコード人気再燃を支えているのは往年のファンやコレクターと思いきや、そうではなく、CD世代以降の若者たちとありました。

なんだか、面白そうなニュースではありませんか! 私は照明デザイナーですから、この話題を、照明業界に重ねてみると、LED時代の白熱電球の存在と置き換えても面白いのではないか?と考えます。そこで今回は、アナログ回帰という視点で照明のことを考えてみたいと思います。

 



アナログとデジタル

音楽で考えると、アナログとデジタルの違いは録音されている音の波長にあります。レコードは、演奏そのままの生音がアナログデータとしてレコードの溝には刻まれているのですが、CDは人間の耳で聞き取とれる可聴周波数だけを切り出して、それ以外の部分がカットされたものをデジタルデータ化しています。これはインターネット音源も同様です。

照明の世界に置き換えても類似したことが見えてきます。白熱電球はフィラメントが燃焼して発光しているために、光の中に見えない光である赤外線を含んでいます。それ故に、光を間近で浴びれば熱を感じます。LEDはダイオードの中の電子の動きを光に変換する方式をとっているために、原理的に光に赤外線が含まれていないのです。いわば、冷たい光と言ってもいいでしょう!熱がなくなったおかげで、省エネルギーや長寿命という恩恵には預かっているものの、では熱は無くてもよいものなのでしょうか?

 



環境は皮膚感覚で作られる

そこで思い出したのが、近所のスポーツジムのプールサイドにあった設備のことです。水泳で疲れた体を休めるようにプールサイド置かれたリクライニングチェアの上に吊り下げられた特別な照明でした。壁にあるスイッチを入れてリクライニングチェアに横になると、そこは、あたかも南フランスの浜辺で太陽を浴びているような・・・光と熱による素晴らしい時を楽しむことができたのです。

この“人工太陽灯”は水泳で冷えた体を温め、そして乾かしてくれるという訳です。水泳の後の快い疲労感を温かな陽射しが包んでくれるのです。週末になるとジムで体を鍛えるというよりも、むしろここでのんびり過ごしたいという感じで通い続けておりました。ところが、この装置がある時突然撤去されているではないですか! 聞けば、壊れてしまって治せないので取り払った・・・というのですが、とても残念なことでした。この装置、勝手に人工太陽灯と呼んでしまいましたが、これは白熱電球に含まれる赤外線を積極的に応用した「熱線入りホカホカ照明」だったのです。

さて、もう一度音楽に戻って考えてみたいと思います。前述したように、レコードには人間の耳には聞こえないとされる超音波域も含まれています。そして超音波はユーミンの生声や遊牧民の動物を引き寄せる発声法にも含まれているそうで、何か生き物のハートをつかむ媚薬のようなものかもしれません。この超音波は振動としてマイクで拾うことができるので、その振動をそのままアナログのレコードには刻むことができるのです。しかし、その振動はデジタルのデータでは省かれているというのです。耳では聞くことのできない超音波なのですが、実は、振動として皮膚感覚で感じることができるそうです。いわゆるライブ会場の空気感・・・というのは皮膚でも音を感じていたのです。そのライブの空気感を実際に味わったことがあるのなら、家でCDを聞くときの空気感に違いがあることはあきらかでしょう。

光と音のどちらも、こういった目には見えない、耳には聞こえないけれど、カラダで感じる周波数域も含めて、光や音と考えることが大切だと考える時代になってまいりました。 LEDの登場によって便利で経済的メリットが得られた反面、一見不要だと思われていた赤外域のスペクトルが、空気感をつくっていた・・・そんな再評価がなされてもいいはずです。そして、それによって、“ココロもカラダもあったまる”ような空気感を作り出せるのかもしれません。未来の照明は、人の心と体を温めることができるといいなぁ・・・そんなことを大いに期待しているのです。

 

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。




 

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